

撮影順に並んでいます。
最終更新:75年7月29日撮影分
![]() 74年4月5日 桜木町 写真提供:クロ151様 ボンネット特急の世界へようこそ ![]() 74年4月5日 桜木町 写真提供:クロ151様 ボンネット特急の世界へようこそ ![]() 74年4月5日 桜木町 写真提供:クロ151様 ボンネット特急の世界へようこそ |
| 74年4月5日撮影の5000系の写真は、04年1月中旬にとんでもない鉄道ファンと出会ったことに対する愚痴を、メールで聞いていただいた際に頂いた写真です。今回この貴重なお写真を多くの東急ファンの方にご覧頂きたく、クロ151様の許可を得て公開させていただきます。ハーフサイズのカメラでの撮影とのことですが、それを思わせないくらいのお写真です。 この日は大変暖かく気持ちの良い日だったそうです。廃止になるとわかっていれば、「桜木町」行きの方向幕を撮るべきだった、とのことですが、30年前に予言することは不可能ですよね。当時は高島町を出る時にもう運転士が操作していたような気がする、とのことで、これは1980年代中頃まで変わっていなかった様な気がします。。 東横線桜木町駅をご存じの方は桜木町と分かるでしょう。左に見える横浜市医師会館は、今は健康福祉センターに生まれ変わっているようです。「アスパラ」の広告は田辺製薬ですが、これは広告塔だけのようです。 3枚目は桜木町駅のホームを静かに発車していく5000系です。ホームは5番線と6番線で、京浜東北線と連番になっていました。番線表示まで国鉄とそっくりの仕様で、方面に北千住が入っているのがご愛敬ですね。国鉄と同じような仕様となっているのは、私が東急にのめり込んだ理由の1つだと思っています。 (一部クロ151様より写真と一緒に頂いた文章から引用しております。) |
![]() 74年4月5日 桜木町 写真提供:クロ151様 ボンネット特急の世界へようこそ ![]() 74年4月5日 桜木町 写真提供:クロ151様 ボンネット特急の世界へようこそ |
| 日中は乗客もまばらで、折り返しを待つ間もご覧の通り。初期高性能車の香りがしてきそうなデハ5106+デハ5025の室内とのことですが、この様な写真を撮る方は少なく、貴重です。 この写真からも苦しい延長工事の様子が伺えます。ここには最終的に20m8連が入線しており、先端は非常に細くなっていました。 車両はデハ5025、製造後20年たっても艶やかな車体が保たれています。 (一部クロ151様より写真と一緒に頂いた文章から引用しております。) |
![]() 75年7月29日 大岡山 写真提供:クロ151様 ボンネット特急の世界へようこそ |
| ノーシルノーヘッダーで側窓の上段がHゴム固定なのが、国鉄のキハ55系やキハ20系初期型を思わせる。列車後部となった場合、前面運転台側の窓が全開なることはよくあったのかもしれない。 |
![]() 77年3月11日 尾山台 写真提供:クロ151様 ボンネット特急の世界へようこそ |
| 不思議な音のする不思議な雰囲気の6000系。夜に乗るとまるで宇宙に連れてってくれるような・・・。そんな不思議な魅力の6000系でした。尾山台駅はあまり変わっていませんが、背景の建物はかなり変わっていますね。18mのたった4両編成では、戸越公園でもドア非扱いとする必要はありません。 |
![]() 1982年10月17日 田園調布 |
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15年ほど前までこんな電車が走っていたんです。そういえばこの頃「目蒲線物語」という歌がありましたね。東横線や田園都市線と同じ会社だと言うことが何となく信じられなかったような気がします。車体だけでなく、座席まで緑だったな。なぜ3000系列だけ座席が緑だったのかは不明。助手席側の窓の内側に行き先表示板を入れていたり、なかなか味のある電車でした。 |
![]() 1982年10月17日 田園調布 |
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栄えある5000系トップナンバーは目蒲線にいました。よく見ると側窓もドアの窓も原型!!美しいです。登場以来50年が経ち、地方に行った仲間達もほとんどが現役を退いてしまいましたが、青ガエルは永遠に不滅です。 |
![]() 1982年10月17日 緑が丘 |
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この頃はまだ大井町線に5000系が走っており、まだ多数派でした。 |
![]() 1984年1月26日 田園調布 |
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| 田園調布駅ホーム自由が丘・奥沢寄りから撮影した 青ガエル こと5000系( 旧 は敢えてつけません)5017Fです。当時、目蒲線は7200系3編成(7251,7253,7260F)を除いて緑色の電車でした。5000系は地方へ転出したものもありましたが、この頃はまだ東急線内でも目蒲線・大井町線で健在でした。この5000系は走行音がとても静かで、おそらく現在まで全国でいちばん静かな電車だと思いますが、どうでしょうか? |
おかげさまで250,000アクセス![]() 1985年4月10日 田園調布-多摩川園間 |
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| 当研究所サイトは3月18日19:00過ぎに250,000アクセスを達成しました。これも皆様のおかげと、研究所員一同感謝しております。さて、記念画像は春らしく桜の写真と致します。今は失われてしまった桜の名所、田園調布-多摩川園間です。 目蒲線の5047Fドアや窓は原形を失っていましたが、まだまだ美しさを残しています。個人的には原形よりもこの姿の方がなじみ深いです。 次回の記念画像は5周年、そして300,000アクセスとなります。今後とも当研究所をよろしくお願いいたします。 |
![]() 1982年10月17日 田園調布 |
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| この頃(83年9月まで(?))、東横線の急行は51運行だけが7000系・7200系の8連が使用されていました(他は8000系8連)。7200系は東横線唯一の7251Fが急行専用と言うか51運行専用で、7000系は主に試作車の7001Fが使われていました。急行用の8000系8連が全車冷房車であるのに対し、51運行は非冷房車が来る確率が約半分なので、夏場は乗車を避けたのは今となっては懐かしい思い出です。 余談ですが51運行は16:42渋谷発の元住吉行き急行で入庫し、夕方以降の運用はありませんでした。 右側の荷物ホームも懐かしいですね。 |
![]() 1982年10月17日 田園調布 |
| 上の反対側の写真です。 跨線橋の上から撮りました。 |
![]() 1982年10月17日 田園調布 |
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7000系日比谷線からの直通日吉行き。側面の「日比谷線直通」の紺地に白の表示板も懐かしい。初のオールステンレスで屋根のRや白っぽい窓枠が特徴かな。こいつなかなかいい音出して走っていたけど、地方に行くとまだ聞けます。 |
![]() 1982年10月17日 田園調布 |
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営団3002号。ニックネームはマッコウクジラ。「潮を吹かないのが不思議なくらい」って言われたっけ。現役の頃はあまり好きではありませんでしたが、今こうしてみるとなかなかいいスタイルをしていますね。でも、やっぱり田園調布の街には似合わなかったかも・・・。 |
![]() 1982年10月17日 緑が丘 |
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比較的シンプルなデザインの東急ステンレスカーの中でひときわ異彩を放っていた7200系、人呼んで東急ダイヤモンドカット。過半数が運転台付で、中間に入るものも多く、「高価な運転台機器がもったいないぞう」って思っていましたが、後年の目蒲・池上線転出、さらに地方への転出時には有効に使用され、まさに先見の明ありでした。デザインは目立ったものの、派手な音を立てて走っていた6000系や7000系とは違い、走行音は静かでしたね。先頭2両が九品仏非扱いだったことが、ドアのシールから知ることが出来ます。 |
芸術は輝きばい!![]() 2007/11/11 15:48:20.6 鵜の木 Nikon D200 レンズ: 50mm F/1.8 D 焦点距離: 50mm 露出モード: シャッター優先オート 測光モード: マルチパターン測光 1/320 秒 - F/1.8 露出補正: 0 EV 感度: ISO 560 ![]() 2007/11/11 15:56:45.3 沼部-鵜の木間 (海側道路沼部5号踏切上ル) Nikon D200 レンズ: 50mm F/1.8 D 焦点距離: 50mm 露出モード: シャッター優先オート 測光モード: マルチパターン測光 1/125 秒 - F/1.8 露出補正: 0 EV 感度: ISO 220 ![]() 2007/11/11 15:56:54.2 沼部-鵜の木間 (海側道路沼部5号踏切上ル) Nikon D200 レンズ: 50mm F/1.8 D 焦点距離: 50mm 露出モード: シャッター優先オート 測光モード: マルチパターン測光 1/320 秒 - F/1.8 露出補正: 0 EV 感度: ISO 800 ![]() 2007/11/11 15:57:34.3 沼部-鵜の木間 (沼部5号踏切) Nikon D200 レンズ: 50mm F/1.8 D 焦点距離: 50mm 露出モード: シャッター優先オート 測光モード: マルチパターン測光 1/60 秒 - F/1.8 露出補正: 0 EV 感度: ISO 180 |
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| 夕暮れ時にコイツらも輝きよった。 |